「神の子イエス」
説教要旨(6月20日 花の日・こどもの日合同礼拝)
マタイによる福音書 第17章1~8節
橋本いずみ
「これは、わたしの愛する子、わたしの心に適うもの。これに聞け。」神さまは、イエスさまがどんなお方なのか、わたしたちに紹介してくださいました。
イエスさまは、ペトロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られます。山は神さまとお会いできるところです。わたしたちは教会に来て、神さまとお会いし礼拝しますけれども、イエスさまは神さまにお会いするために山に登られました。そこで、三人の弟子は、驚くべきことを見ます。それは、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなったイエスさまの姿です。山の上で弟子たちが見たのは、今まで見たことのない、イエスさまの御姿、神の子であるイエスさまの御姿でした。
すると、モーセとエリヤが現れ、イエスさまが彼らと語り合っていると、ペトロが口を挟みます。「わたしたちがここにいるのは、素晴らしいことです。お望みならば、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つは、あなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです」ペトロは見ているものが、あまりに驚くべきことだったので、仮小屋を建てようと申し出ます。しかし、それは神さまから見れば必要のないことでした。
ペトロが話しているうちに、光輝く雲が現れ、彼らはすっかり雲に覆われてしまいます。そこで、三人の弟子たちは、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適うもの」という神さまのお声を聞きます。神さまは弟子たちにイエスさまの正体を明らかにしてくださいました。イエスさまは、神の子です。このお方を見るときに、神さまのことを知ることができ、神さまが何を望んでおられるのかをわたしたちは知ることができます。
イエスさまは、人になって、この地上を歩まれました。弟子たちは、イエスさまがお語りくださるお言葉を聞き、触れると病気が治るのを見て、空腹の群衆が満たされることを体験してきました。これらのことは、イエスさまが神の子だからできたことです。神さまはイエスさまを通して、語りかけ、癒し、満たしてくださることを教えてくださいました。
この地上を歩まれるイエスさまは、いつも天の父なる神さまのお望みになっていることを求めて、神さま眼差しは、イエスさまから離れることはありませんでした
三人の弟子たちは、雲の中から神さまの声を聞いて、恐れ、目を瞑って、耳を塞いで下を向きます。そんな弟子に、イエスさまは「ほら、わたしは、ここにいる」と言うようにして近づいて来て、触れてくださいます。縮こまって下を向いている弟子たちに「起きなさい」と仰います。
わたしたちは、神さまが起こされる出来事、神さまのご支配の中に生きていています。けれども、つらいことが起こったり、思っているとおりにならなかったりすると、もう動けないと思い、目を瞑って、耳を塞いでしまうことがあります。わたしたちがつらいと思い、うまくいかないことは、「あなたの救い主は、あなたの目の前にいるから、この声を聞きなさい。」と神さまが語りかけてくださるためのことであるとしても、わたしたちは神さまの前で顔を上げることができず、恐れて下を向いてしまうことがあります。
そんなときに、イエスさまは、わたしたちに触れてくださり、神さまは、あなたがたを救おうとしている、助けようとして、語りかけていること教えてくださいます。わたしたちに手を触れて、起き上がらせてくださいます。イエスさまの手は、神さまがわたしたちのそばにいることを示される手です。
神さまは、今日、イエス・キリストは神の子であることをお示しくださり、わたしたちはイエスさまに聞き従うべきこと、神さまが守り導いてくださることを教えてくださいました。
イエスさまのお言葉を聞いて、神さまとの結びつきを与えられたわたしたちは、神さまを傍近くに感じながら、イエスさまが与えてくださった言葉を伝え、イエスさまの御業を伝えていく者でありたいと思います。

