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今週の説教

神さまから与えられた家族

説教要旨(6月16日花の日・子どもの日合同礼拝より)
エフェソの信徒への手紙 6:1-4
牧師 藤盛勇紀

 聖書は「父と母を敬いなさい」と言います。誰にでもお父さんとお母さんがいますが、いろんなお父さんやお母さんがいます。よその家を見て、「あの子のお父さん怖そう」「あの人のお母さんて面白い」などと思うことがあるでしょう。「ウチのお父さんなんか尊敬できないよ」と言う人もいますし、「私のお母さんは怒りっぽくて、もうイヤ」と言う人もいます。完全・完璧な人間はいませんから、完璧な父母もいません。必ず欠点があり、失敗もします。それでも聖書は、「父と母を敬いなさい」う。それを聞くと、「いや~、そんなの無理~。ウチのオトンなんか~」と、高校生くらいになると平気で言ってますね。では、聖書は無理なことをしろと言っているのでしょうか?
 「父と母を敬え」と言われているのは父と母の「子」です。ここには、家族・家庭があるわけです。エフェソの信徒への手紙は、「父と母を敬いなさい」という戒めには、命令だけでなく「約束」があるのだと言います。どういう約束かというと、「そうすれば、あなたは幸福になり、地上で長く生きることができる」という約束です。
 父と母を敬うことが、私たちが幸せになることにつながるというのです。「え、ウチのあの親父やあのオカンを敬うことが、なんで私の幸せと関係あるの?」と思われるかもしれません。あなたのお父さんとお母さんも誰かの子。お父さんとお母さんにも、そのまたお父さんとお母さんがいました。「そのまた、お父さんとお母さん・・・」、どこまでも遡ります。
 神様が世界を造り、最初の人間アダムとエバをお造りになり、彼らから子供が生まれました。最初の父母です。その子供たちとまたその子供、その子のまたその子と続いて、途中一人も途切れることなく「この私」まで何千年、何万年とつながってきました。奇跡だと思いませんか?
 この私に続く長い歴史があったのです。それは「父と母」と「その子」、そしてまたその子という、長~い、家族のつながりなのです。私たちが今ここに生きているのは、この世の初めから神様がこのようにしてくださったからです。私たちが「父母」を大切にすることは、私たちが今ここに生きるために神様がしてくださったことを思い、神様が与えてくださったことを感謝することなのです。「父母(夫と妻)」、「親子」は、人間社会の最小単位であり社会の基礎です。このつながりがなければ、人類の歴史もないわけですし、誰かと共に人生を歩むことの幸いを知ることもないのです。
 父と母を敬うのは、父が偉いからとか母が立派だからということではなく、私が生きるために神様が与えてくださった人として大切にしなさいということでしょう。だから聖書は親に対しても、「子供を怒らせてはなりません」と言うのです。親にも、神様から与えられた宝への責任があるのです。
 私たちは神様の子供たちです。教会は神の民、神の家族です。神の家族の中にも、いろんな人がいます。気の合う人、合わない人がいますし、好き嫌いもあるでしょう。それでも、あの人もこの人も、子供も大人も、若い人もお年寄りも、みんな神様が与えてくださった、神様に生かされている人たちです。
 私たちが皆、神様の子として、喜んで感謝して生きるようになるために、神様はイエス様をくださいました。私たちは真の神の御子イエス様に結ばれて、神の子供たち、兄弟・姉妹なのです。今日も一人、洗礼を受けました。洗礼はイエス様に結ばれることです。イエス様に結ばれたら、もうどんなことがあっても、どんなところで生きていても、神の子として生きられます。ぜひ皆さんもイエス様に結ばれて、本当の神の子として幸いな人生を歩んでいただきたいと願います。