植村正久の神学の特徴
富士見町教会は、創立者植村正久の信仰的遺産を大切に受け継いでいます。その神学は、「生けるキリスト」(植村は「活ける基督」と表現しました)との人格的交わりを中心とする、実践的で生命力に満ちた信仰でした。以下、その特徴をいくつか紹介します。『植村全集』に収録された植村の説教や著作に基づいて引用も行いますが、現代語訳に置き換えて、説教等のタイトル、該当する『植村全集』の巻数、ページを示します。
1. 「生けるキリスト」との直接的な交わり
「生けるキリスト」という言葉は、植村の信仰をもっともよく表している言葉です。「復活したキリストは、品性の模範として遠くから見上げるだけの理想ではなく、生きて私たちの内に存在し、私たちを率いて進んでいく、深く寄り添う愛を持った、私たちと深い人格的交わりを与えてくださる救い主である」(「復活と教勢」、第1巻、390ページ)と述べ、「生けるキリスト」との交わりを重視しました。このような植村の特徴が最もよく表れているのが、有名な「直面する基督」という説教です。この説教の中で植村は「生けるキリストとして私たちと共に現実に存在しておられる」(「直面する基督」第3巻、595ページ)といいます。他方、「生けるキリスト」に直面することの難しさと「生けるキリスト」に直面することの喜びを次のように語っています。「生けるキリストを経験するというのは決して楽なことではない。…… 信仰が深められていく中で、体験が熟して霊的感受性が深くなった場合、初めてキリストの生ける実在とその恵みとが鮮明になってくる。…… 志を保ち、修養(霊的鍛錬)を怠らなければ、誰でも必ず生けるキリストに直面する歓喜に満たされる」と説きます。(「直面する基督」第3巻、592-593ページ) 植村は、キリストを単なる歴史上の人物ではなく、今も信じる者と人格的に交わってくださる主として信じました。
2. 父なる神の愛と悔い改め
植村は、神を「天の父」として理解しました。神は、放蕩息子を待つ父のように、人が悔い改めて帰ってくることを深く願っておられる、と植村は語ります。「神の恩義に感じて、まるで遠く故郷を離れた子が父母の家を懐かしく思うのと似た精神を起こし、これまでの間違った方向へ進んでいた歩みをきっぱりと引き返して慈愛ある神のもとに帰参する、これがキリスト教の悔い改めである。」(「耶穌基督の福音」、第4巻、319ページ)このように植村は、神の温かい父性という視点から、悔い改めを強調しました。
3. 「十字架による赦し」を信仰の中心に
植村は神に赦されるにはどうすべきかと問い、人間の努力で神に赦されることを否定します。「心を正しくして神に赦されようと試みるのはパリサイ主義で、世上の道徳の範囲を脱することが出来ない。律法の奴隷となり、ますます焦燥し煩悶せざるを得ない。」(「基督の死に由りて贖はる」第2巻、198ページ)そして、「キリストの死はことごとく赦罪の条件を備える」と説きます。(「基督の死に由りて贖はる」、第2巻、202ページ) さらに、「イエスの十字架は神を喜ばせ、その聖なる御心を満足させるだけではない。人を正しい方向へ導き、清い状態へと率いていく活力の源泉である」(「基督の死に由りて贖はる」、第2巻、208ページ)と語っています。
4. 神の恵みによって「新しく生きる」
植村は、信仰を、自分を律する努力ではなく、神の恵みによって「新生命」(新しい命)へと造り変えられることと理解しました。植村は次のように言います。
「キリスト教は、自分を律する努力を目的とするものではない。神の前に罪があることを意識し、主イエスによってそれが赦されることを喜び、十字架の生きた力に身を寄せて、救われることを確信する宗教である。神の救いが魂の内で活動し、上からの力がこれを新しく造り出す。ゆえに、キリスト者を称して「新しく造られた者」と言う。」(「基督者の生活」、第2巻、609ページ)
5. 伝統的倫理のキリスト教化(基督教の武士道)
明治のキリスト者たちは、日本の伝統的倫理である「武士道」とキリスト教との関係をしばしば論じました。植村正久もその一人でした。植村は、「日本在来の制度、習慣、気風、とくに武士道のようなものが意外にもキリスト教によって完成されるのを見出すであろう」(「約翰傳講」、第4巻、545-546)と述べています。植村の説教には、神道、仏教、儒教などの話もよく出てきます。
植村は、日本の伝統的な「武士道」の義や忠誠心を道徳的規範として評価しつつも、そのまま受け入れているわけではありません。それに欠けている「愛」と「謙遜」の洗礼を施すことで、真に完成された実践倫理になると説きました。「キリスト教は愛の宗教である。神の子が肉体をとり、人々の間に身を置き、十字架の死を甘んじて受けた宗教である。…… この精神を加えて初めて、武士道は完成することができるのである。」(「基督教の武士道」第1巻、198ページ)
植村正久の信仰は、単なる知識としての神学ではなく、「生けるキリスト」と共に歩む信仰でした。その精神は、現在の富士見町教会にも受け継がれています。