蛇の頭を砕くメシア
説教要旨(5月3日 朝礼拝より)
マタイによる福音書 23:25-36
牧師 藤盛勇紀
イエス様と敵対者たちとの論争は終わり、イエス殺害計画が実行に移されてようとしています。イエスはメシアだとは絶対に認めない宗教指導者たちとの最終決戦の段階です。しかし、彼らはメシアとは何なのか、本当は何も分かっていません。イエス様を十字架へと追いやる彼らは、使い捨ての実行役で、メシアの働きを阻止しようとする真の黒幕は、荒れ野でイエス様を誘惑した悪魔です(4章)。
悪魔・サタンは、神のご計画をよく知っています。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)。これが神の御心です。ヨハネが言う「世」は、罪に染まった人の世。神に対する人間の背反によって、その罪は「世」に入りました(ローマ5:12)。ところが神は、神から離れた罪の世を愛されたというのです。本来、世は裁かれるはずなに、神は世を愛された。それは、人が最初に罪を犯した、まさに「あの時」(創世記3章)からです。
あの時、第三者、「蛇」が介入しました。蛇はサタンの象徴です。神は蛇に言われました。「このようなことをしたお前は…呪われるものとなった。…お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に、わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く」。神は「女の子孫」と言われます。つまり、人間から生まれる誰かが、蛇・サタンの頭を砕く、滅ぼす、というのです。そして、この宣言の中に、罪を犯した人間への憐れみがあります。
アダムとエバは、「食べてはならない。食べると必ず死ぬ」と主が言われた、たった1本の木から食べてしまいました。神は、アダムとエバに「命」を得てほしかったのに、彼らは自らそれを捨てて、神の言葉に聞かずに、蛇・サタンの言葉を聞いたのです。
その時、彼らは死ぬはずでした。確かに彼らは死にましたが、彼らに与えられていた「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ」との祝福と約束は取消されなかったのです。
神は、罪を犯した人間と世を終わりにせず、むしろ終わりまで共に歩まれるのです。終わりとは、神が約束された「女の子孫」の《誰か》が、蛇・サタンを滅ぼされる時です。この《誰か》、神のメシア・救い主が誰なのか。それがイスラエルの歴史に現されて行きます。
サタンはこの神のご計画を知っています。そのために神は独り子をメシアとして世に遣わされること。そして独り子イエスは、罪人たちが神の命を得るために、御自分が全ての罪とその裁きを十字架で負ってしまわれる。それをも知っています。だから、イエス様がメシアとして現れた時、「自分を犠牲にすることなど止めて、自分が神の力を発揮して世の全てを手中にすればよいではないですか、あなたは神の子なんですから」と誘ったのです。
すでにメシアは世に来られ、私たちが罪と死の支配から解放されて、神の命に入れられて生きるために必要な全ての業を成し遂げてしまわれました。しかし、全てが終わったわけではないのです。神のご計画は今なお進行中です。悪魔の敗北と滅びは決定しています。ヨハネの黙示録に記されていますが、悪魔・サタンは「巨大な竜、年を経た蛇」と言われます(12:9、20:2)。人を誘惑したあの蛇は、世の終わりの時には、「年を経た蛇」「巨大な竜」になっています。そして「蛇」は、第二の死、火と硫黄の池に投げ込まれて滅びます。それが悪魔の運命です。悪魔はそれを知っているので、罪に汚れていながらも神に愛し抜かれ、神の子とされた人間がどうしても許し難くて、憎くて仕方ない。だからこの世が続いている内に、少しでも人間を自分の道連れにしたいのです。
最終的に、神が蛇を滅ぼされますが、神はそれを、人間を用いてなさいます。独り子イエスを信じた者を用いるのです(ローマ16:20)。神は、私たちの足の下でサタンを打ち砕かれるのです。イエス様を信じた者は、御子イエスと一体だからです。
私たちはなお罪人で、まだ朽ちる体を纏ったままです。しかしこの私たちを通して、イエスが生きておられる、その命が現されると聖書は告げています。私たちはどうにも見てくれの悪い土の器ですが、落胆しません。行き詰まらず、失望もしません。イエスの命がこの体に現れるからです(2コリント4章)。
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