自由を用いる自由
説教要旨(10月2日 朝礼拝より)
コリントの信徒への手紙一 8:7-13
牧師 藤盛勇紀
8章で、信仰者にとっての食物の問題が取り上げられていますが、問題は、何を食べて良いのか悪いのかではなく、教会には「弱い人」がいるという現実です。ローマ14章でもパウロは「弱い人」を罪に誘うようなことをするなと勧めています。弱い人は、「本当によいのか、大丈夫なのか。汚れるのではないか」と恐れながら食べたり、疑いながら何かをします。その時、その人の内には神への信頼も平安も欠けています。
この問題に関して、コリントでは「我々は皆、知識を持っている」と言えましたが、「知識は人を高ぶらせる」とパウロは言います。この7節では、「この知識がだれにでもあるわけではありません」と言いますが、ここでの「知識」は、1節の言葉との関係で言えば、「知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる」と知っている知識でしょう。直接的には、6節で言われた真理です。これは、人間の知恵によっては決して得られない、神の霊によって開かれた新しい現実です。根幹には「イエスは主なり」の信仰があります。この信仰が言わば全てを変えます。世界観が変わり、人間観が変わり、私たち自身の自己理解が変わるからです。
そこから、二種類の人が見えます。「ある人たちは、今までの偶像になじんできた習慣にとらわれて、肉を食べる際に、それが偶像に供えられた肉だということが念頭から去らず、良心が弱いために汚される」。一方にこうした弱い人がいて、他方、「あなたがたのこの自由な態度が、弱い人々を罪に誘うことにならないように」と、弱い人ではない「あなたがた」に勧められています。
「良心が弱い」とか「弱い良心」とあります。「良心」は「共に見る」という意味の言葉です。自分の心でありながら、自分から問いかけられたり、突き刺されたりする。「良心が弱い」とは、「どうしたらいいのか」と逡巡し、葛藤・衝突し、自己分裂状態で自分が定まらない、そのような弱さです。たとえば「偶像に供えられた肉」について、確信がないままで自由な人と一緒に食べてしまう、ということが起こる。するとその人は、「それが偶像に供えられた肉だということが念頭から去らず」、恐れや不安がかき立てられて、良心が傷ついてしまうのです。
「食べないからといって、何かを失うわけではなく、食べたからといって、何かを得るわけではありません」。キリスト者は何を食べてもよいし、何かを食べないのも自由です。しかし、良心の弱い人に「あなたも食べなさいよ」とわざわざ誘うことは、自由を悪用するようなことです。
「それ自体で汚れたものは何もない」「すべては清い」。イエスが言われたように、「口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚す」のです。だから問題は、《何を食べるか食べないか》ではないし、《何を行うか行わないか》でもありません。私たちが信仰によって自由にされているか、神の愛と平安の内にあるかどうかです。
「この知識がだれにでもあるわけではありません」とあるように、様々な状態の人がいます。自由な人の自由な振る舞いは、状況によっては「弱い良心を傷つけ」ます。だから心に留めるべきなのです。「あなたがたのこの自由な態度が、弱い人々を罪に誘うことにならないように、気をつけなさい」。
「食物のことがわたしの兄弟をつまずかせるくらいなら、兄弟をつまずかせないために、わたしは今後決して肉を口にしません」とはパウロ自身の方針ですが、もう二度と肉を食べない、ということではありません。自分の「自由な態度が」いま目の前にいる「弱い人々を罪に誘うことに」なるなら、そこでは自らの自由をもって「食べない」と決断する、ということです。
自分がキリストに結ばれて自由にされたのであれば、キリストはそこにいる弱い人のためにも死んでくださったのです。キリストにある愛と恵みから、自由の用い方を考えようではありませんか。
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