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その名はインマヌエル

説教要旨(12月25日 クリスマス礼拝より)
マタイによる福音書 1:18-25
牧師 藤盛勇紀

 マタイはヨセフに注目します。婚約者マリアが身ごもったことで深刻な悩みの内に置かれたヨセフは、夢を見ます。夢の話かと馬鹿にしてはいけません。問題は、「今あなたは何を見、何を聞いているのか。実際、何に動かされているのか」です。
 ヨセフは天使の言葉を聞きます。「恐れず妻マリアを迎え入れなさい」。聖書の中に「恐れるな」という言葉は365回語られると言われますが、なぜ、何を根拠に、恐れず現実を受け入れるというのでしょうか。
 天使は言います。「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」。「罪」とは何でしょうか。それを語るために、マタイは最初に長い系図を記します。系図は自分の血筋の良さを誇るために作られるものですが、キリストの系図は、人間の醜さや汚れや恥、つまり人間の罪が、暴露されている系図です。名君ダビデも、「ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ」と、一言で恥ずかしい罪がさらされています。このような系図の中に、神ご自身が肉をとってお生まれになったのです。
 「罪」の言葉の意味は「的(まと)外れ」ですが、どんな的から外れたのか。「神は愛なり」と聖書は端的に言います。頭では愛が分かっているつもりですが、私たちの愛は、「だから」「もしも」の条件付きの限界ある愛です。だから、すり抜け、こぼれ落ち、傷つきます。しかし昨日も今日もとこしえに変わらない神の愛は、あなたがどうであろうと、「にもかかわらず」です。
 この神とその愛から外れてしまっているのが、致命的な「的外れ」です。クリスマスは、そこからこぼれてしまった罪人のためにあります。「その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」。主イエスご自身も言われました、「私は正しい人を招くために来たのではない。罪人を招くために来たのだ」。
 「罪の支払う報酬は死」だと聖書が言うように、人は皆、生きる意味を問い、真の命を求め続けるけども、神から離れて、結局、真の意味をつかめず死にます。
 しかしキリストは、私たちがどれほど価値ある者か、どれほど愛されている者なのかを知らせ、命を得させてくださいます。あなたがたが命を受けるため、しかも豊かに受けるために私は来たのだと、主は言われました。そのために、主は命を捨てられました。死ぬために、主はお生まれになったのです。
 「預言者を通して言われていたことが実現するためであった」とマタイは記します。このお方によって何が実現し、何が現実となったのか。それは「インマヌエル」の事実です。「神が私たちと共におられる」。
 『ロビンソン漂流記』のロビンソンは、自分で「絶望の島」と名付けた島に漂着します。そこで彼は本当の意味で初めて神に祈りました。なぜ祈れたのか。聖書の詩編の言葉に触れたからです。「わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう」。
 神の言葉に触れて、いや触れられて、今まで思いもしなかった現実が開かれてきます。命の創造者なるお方が、この私と共におられるという、インマヌエルの事実です。
 ヨセフもそうでした。マリアも同じです。彼らは、天使が告げる主のみ言葉を聞くのです。そして、ヨセフは「眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ」とあります。
 「眠りから覚めると」、目の前の現実は何も変わっていません。しかし決定的に違うことがある。それは、問題に満ちたこの場所は、神が御業を行われる場、「インマヌエル」の恵みを知る場所なのだということです。神の言葉を聞くところに、そういう生き方が始まります。主イエスご自身が「いつもあなたがたと共にいる」と言われる、その人生が始まっているのです。
 

説教一覧(2016年度)

2016.4.3
誰の言葉を聞くのか
2016.4.10
消えていく
2016.4.17
信じて、願え
2016.4.24
立ち上がって、行きなさい
2016.5.1
神の国は来ている
2016.5.8
遣わされて生きる
2016.5.15
神の子とする霊
2016.5.22
主が来られる時
2016.5.29
謙遜をかさねて
2016.6.5
ほうっておけない神
2016.6.12
主よ、あなたしかいません
2016.6.19
ただ、いただくだけです
2016.7.3
主イエスの行く道
2016.7.10
あなたの信仰があなたを救った
2016.7.17
救いは訪れる
2016.7.24
小事を生かせ
2016.7.31
終末からこの世を見る
2016.8.7
主の御用のために
2016.8.14
訪れて来る神
2016.8.21
天からの権威
2016.8.28
使徒たちとともに
2016.9.4
神無き世を越えて
2016.9.11
神のものは神に
2016.9.18
神学論争の終わり
2016.9.25
メシアはダビデの子
2016.10.2朝礼拝
主のまなざし
2016.10.2夕礼拝
主イエスの言葉を思い出して
2016.10.16
終末のしるし
2016.10.23
解放の時は近い
2016.10.30
ゆるして自由になりなさい
2016.11.6
主の言葉は滅びず
2016.11.13
本当に大切なこと
2016.11.20
豊かに実を結ぶ
2016.11.27
新人類が現れた
2016.12.4
人間のたくらみ、神の備え
2016.12.11
宿命を超える主の愛
2016.12.18
必ず実現すること
2016.12.25
その名はインマヌエル
2017.1.1
あなたを造る聖書
2017.1.8
王は裸で踊る
2017.1.15
神無き死
2017.1.22
闇の支配
2017.1.29
発光するあなた
2017.2.5
主のまなざし
2017.2.12
神の子、イエス・キリスト
2017.2.19
イエスの沈黙
2017.2.26
衆愚の叫び
2017.3.5
どちらが憐れか
2017.3.12
あざ笑われるメシア
2017.3.19
主の愛の深さを知らされて
2017.3.26
闇の中の光