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主の言葉は滅びず

説教要旨(11月6日 朝礼拝より)
ルカによる福音書 21:29-38
牧師 藤盛勇紀

 イエス様は「終末の徴」を語られ、一方、繰り返し慰め深い言葉も語ってこられました。イエス様の御言葉は、恐ろしさから励ましへ、そして悲惨から希望へと振れて、私たちは揺さぶられているような思いになるかもしれません。実際、私たちの生きる世界は揺れ動いています。
 「それから」、イエス様はひと言木の葉たとえを語り、「それと同じように、これらのことが起こるのを見たら、神の国が近づいていると悟りなさい」と言われました。これまで語られたことを見たら、「もうお終いだ」と慌てふためくのでなく、神の国が近づいていることを悟れ、と。
 「葉が出始めると、既に夏の近づいたことがおのずと分かる」。それは「終わりの時」もそうだというのです。だから、ピリピリしたり、そわそわしたり、慌てる必要はない。「すべてのことが起こるまでは、この時代は決して滅びない」。だから「もうお終い」だと、自分で決めつけるなと。
 主はこう勧めます、「放縦や深酒や生活の煩いで、心が鈍くならないように注意しなさい」。「心が鈍くならないように」「いつも目を覚まして祈りなさい」。それはなぜかというと、「人の子の前に立つことができるように」だと言うのです。
 私たちは、最後に主の前に立つ者です。どんな人生でも、どんな道を辿ったとしても、私たちは例外なく皆主の前に立ちます。主のお勧めの意味もそこから理解されます。「放縦や深酒や生活の煩い」というものは、現代で言えば、しばしば世を騒がせる、薬物などに走ってしまう人々の現実と重なります。普通の人は、なぜそんなものに手を出したりするのかと思います。「生活の煩い」、人知れぬ生活上の苦悩ということもあるかも知れませんが、自分の人生を見切って、高をくくっているのです。まじめな人でも思うのです、「自分はまじめに真剣に生きてきたのに、この世の空しさはいったいなんだ」と。やはり自分で世を裁き、人を裁いています。自分が主に造られ生かされている者、最後に主と共に立つ者であることなど、つゆ知らぬ人生。まさに「心が鈍く」なっている。
 では、「この時代は決して滅びない」と、なぜ言えるのでしょうか。むしろ、結局人類の歴史は滅びへと向かっていて、現代はもう、崖っぷちではないか。しかし、「この時代は決して滅びない」。それは、ただ主の御言葉のゆえです。それ以外に理由はありません。「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」。主の言葉によって万物は成りました。終わりも主がお決めになります。主の言葉だけが確かなのです。
 私たちは、このお方の御言葉ゆえに、「信じて(=信頼して)」生きます。主は生きておられるので、主の御言葉は滅びません。私たちはこのお方を礼拝し、このお方の御言葉に聞いています。この方が、どんな人生をも無意味にせず、導き、慰め、戒め、力を与え、終わりの日まで共にいてくださり、最後の裁きの時、全てが明らかにされる時も、共に立ってくださいます。
 私たちには、あきらめても仕方ない人生や世界、無くてよい人生、そんなものはありません。私たちが決めてはならないのです。私たちは主ではないからです。
 だから、自分の人生についても、他人の人生についても、勝手に決めませんし、独り決めできません。主がおられ、主の御言葉がある限り、主ご自身が立たせてくださるからです。
 パウロはこう言いました、「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます」。このお方に結ばれて、死ぬ者は生きる。死においてさえ、私たちを立たせるのは、主の御言葉なのです。「わたしの言葉は、決して滅びない」と言われるこの方の御言葉に、ただ信頼してよいのです。
 

説教一覧(2016年度)

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