枕する所もないイエス
説教要旨(9月1日 朝礼拝)
マタイによる福音書 8:18-22
牧師 藤盛勇紀
イエス様は弟子たちと共に舟に乗ろうとしています。そこに二人の人が現れます。一人は律法学者。彼は立派な信仰的決意を言い表します。もう一人は「弟子の一人」。父親の葬儀を出さなければならない人です。
律法学者は、自分の目でイエスを見てきて、決意したのでしょう。ところがイエス様のお言葉はそっけないものでした。「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない」。彼の決意表明は宙に浮きました。信仰生活は主に従う生活です。しかしそれは、自分の決心・決意で貫かれるものではありません。信仰は行き、生きること。それが保たれ貫かれ、力となり希望となり慰めとなるのは、「私が」どうというより、「主が」働き、招いてくださる召しがなければ従って行けません。主の命の犠牲による赦し、その恵みがなければ、主に近づけません。
主の赦しと招きがあった。その応答として、このお方と共に行くのです。ところが彼は、イエスの目覚ましい働きや言葉と力と惹かれ、自分で決断して、立派に表明したのでしょう。しかし主は言われます。狐や鳥にも帰る場所がある。安心、安住の場がある。しかし私にはそんな所はない。あなたはそうと分かって、「あなたに従って行く」と言うのか。
イエス様はご自分を「人の子」と言われました。この言葉は、後期の預言者以後、終わりの時に現れる存在、救い主メシアのイメージと結びつきました。ところが、その方ご自身が、この地には「枕する所もない」と言うのです。主の目は、メシアでありながら十字架にかけられる、その死を見ています。メシアを惨たらしく排除する世に、赦しと救いをもたらすためです。このお方のものとして生きるということは、自分も世には「枕する所もない」者、最終的な居場所はない、ということを知るべきでしょう。
律法学者の決意表明は、自ら救いを獲得しようとする人の意気込みでしょう。この地には安住の場もないというのに。そのことを改めて覚えさせるのが、二人目の人とイエス様とのやり取りです。彼は、イエス様から直接招かれたのでしょう。ただ、父親が死んだばかりなので、「まず父を葬りに行かせてください」と言います。親の葬儀を出すのは大事な子の責任。葬儀を行い、様々な感情や心の整理をつけたいと思うのも当然です。
ところが、主のお言葉は、冷たい謎の言葉。「死んでいる者たちに、自分の死者を葬らせなさい」。いろいろ推論されますが、葬りは「死んでいる者たちに」と、死者のことだと言われます。死者のこと、死の後のことは、生きている者の手に負えることではないということでしょうか。私たちも葬儀をしますが、それは亡くなった方のために行うのではありません。亡くなった人の霊はすでに命の主のもとにあるからです。私たちは主に信頼し、主に感謝して丁重に葬ります。そして、地上に残った者たちのために祈るのです。
死んだ人は墓にはいないことは、誰だって分かっています。しかし、死とその後のことが分からない。だからそこに死者がいるかのように振る舞っていないと、思いのやり場もない。「人の子には枕する所もない」とは、まさに私たち人間「人の子」のことです。
そうすると、主のお言葉は、この世に本当の居場所がない私たちへの主の招きとして聞こえてくるでしょう。この地上にあなたの死の解決などない。あなたの命の根拠もない。だから、私に従って来なさいと。私が道なのだ、私が真理、私が命なのだ」と。このお方が私たちの命であり、このお方に神の国が来ているのです。
ルカ福音書9章に並行記事があります。そこではイエスのお言葉はこうです。「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。あなたは行って、神の国を言い広めなさい」。神の国に生きること、神の恵みに信頼して生きること、神から来るものによって生きることへの招きです。主の恵みを知らない世に対してはチャレンジングな命令。しかし、神の国の望み、神の国そのものが、イエスに来ています。私たちはこの方に結ばれて、この方の命に生きます。それだけが本当に死に直面させ、死とその絶望を克服させます。だから、主とその御国を宣べ伝えることは、葬ることよりも重要で必要なことなのです。
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