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神の国は義と平和と喜び

説教要旨(9月13日 朝礼拝より)
ローマの信徒への手紙 14:13-23
牧師 藤盛勇紀

 今日の御言葉は前回から続いている信仰生活上の実際問題です。「信仰の強い人と弱い人がいる」という現実から入りました。パウロはこの箇所で、信仰の強い人に、「食べ物のことで兄弟を滅ぼしてはなりません」と言います。「滅ぼす」とは大げさに聞こえますが、こういうこです。信仰の弱い人は食べ物や飲み物のことで不安や疑問を持っている。そこで信仰の強い人が、「そんなもの救いとは何の関係ないのになぜ食べないのか」と押しつけたら、弱い人を救いの喜びや自由どころか、不信と不安に落ち込ませてしまうからです。キリスト者は、何を食べようが何を飲もうが自由です。どうでもよいことだからこそ、信仰の強い者がゆずってあげればよいでしょうと。
 大事な問題は、今は道の途上にある私たちは【どこに向かっているのか】です。そこを見ていないから、どうでもよい問題に埋もれてしまう。だから、「【神の国は】、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです」と言うのです。
 イエス様は、「食べ物や着る物のことで思い悩むな。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」と言われました。まずは、「神の国」の方を見るのです。イエス様は世に向かって第一声、こう言われました。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」。神の国は来ている!しかし、「誰でもそのままで神の国に入れます」とは言わず、「悔い改めよ」と言われた。つまり「立ち帰ること」「方向転換」です。
 ユダヤ人は神の国や義についてヴィジョンを持って、熱心に追い求めました。しかし、ひっくり返っていました。自分の正しさ・自分の義を立てて救いに至ろうとしたのです。人間の正しい判断や行いの先に救いがあり命があると思っていた。それは、神の前に倒錯し主客転倒した姿。だから「悔い改めよ!」なのです。《方向転換》なしには、神の国が向こうから近づいて来ていることが分からない。救いは獲得するものでなく与えられる恵みだと分からないのです。
 パウロ自身、熱心で正しい人間の典型だったからよく分かるのです。しかし10章でこう言いました。「この熱心さは、正しい認識に基づくものではありません。なぜなら、神の義を知らず、自分の義を求めようとして、神の義に従わなかったからです」。
 一生懸命に正しさを追求し、真剣に理想を求めながら、結局神の国に向かって進むことができない。それは「神の義を知らない」という無知、「自分の義を追求する」という自己中心の罪ゆえです。自己中心だから方向が分からず、「神の国は飲み食いではない」と言われても分からない。
 ここで「飲み食い」とは、飲食についての自分の判断、自分の思いや行い、自分の正しさ、どこまでも「自分、自分」「私が、私が」です。それが信仰の「弱い人」です。もちろん世の人々も、為政者や指導者でさえそれ以上に進むことができません。人間社会のあるべき姿を求めるにしても、結局は《パンの問題》で終始します。経済的に豊かになっても人間の問題は解決したわけではない、と分かっているのに、その先、どこに向かえばよいか分からないのです。
 「人はパンのみで生きるのではない。神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる」と主は言われました。生ける神の言葉を聞くことなしには、人間は行方不明・絶望のままです。主の御言葉は審きと赦しの福音、死から命への言葉です。この言葉を聞くならば、神の国の方向を見ることができます。だから、私たちはまず、神の国へ向かう方向転換、具体的には洗礼からスタートします。神に向き直るなら、そこには私たちの罪を全て担われた主がおられ、完全な赦しと新しい命があり、御国へと導かれていることを知ります。「小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる」と主は約束しておられます。
 
 

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