天の父よ

説教要旨(3月3日 朝礼拝)
マタイによる福音書 6:9
牧師 藤盛勇紀

 イエス様は、「だから、こう祈りなさい」と命じます。ルカでは「こう言いなさい」。主は「祈りの意味はこうで…」と教えられたのではなく、「私と一緒に言ってみよ」と命じられたのです。意味も分からず、命じられて祈るなんて、と思う人もいるでしょう。「そんなのは心からの祈りではない」「子供じゃあるまいし、自分で自発的に祈るべきだ」と。仏教用語で「発心」という言葉があります。「思い立つこと。悟りを得ようとする心を起こすこと」と説明されます。似たことが有名な「放蕩息子のたとえ」(ルカ15章)に見られます。放蕩の限りを尽くした息子は、自分の惨めさに気づいて、心の内にこう言います。「父のところに行って言おう。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください』」。これは放蕩息子の発心です。
 彼は悔い改めの言葉を用意し、「帰ったらこう言おう」と、何度も心の中で繰り返しながら父の家への道を辿ったのでしょう。ところが、「まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した」。遠くから哀れな息子を見つけた父は、自ら走って行って、首を抱きます。息子はまだ何も言っていません。しかし父は、とうに彼を子として受け入れています。どんな姿でもいいから、帰って来るのを待ち続けていました。息子の方は、そんな父だということが分かりませんでした。「親父はこんな人間だ」と勝手に思っていた。だから帰るにしても、「こう言わなければ、こんな態度を見せなければ」と心に思い巡らし、独り決めしたのです。それが人間の発心でしょう。
 しかし、私たちの祈りはそんな発心とは違います。自ら思い立って祈るのでは在りません。自分がどうではなく、主が「こう祈れ」と命じられる。この言葉に、「主よ、あなたがおっしゃるから」と応えるとき、「こうでなければ、ああでなければ」と思う自分自身から解放されます。
 現代の世界は「神無き世界」「成人した世界」などと言われます。「何も分からない古代の人間とは違うんだ。今どき、子供じゃあるまいし、神仏に手を合わせるなんて」。祈りたい思いが沸いても、今さら何に向かって祈ればよいのかも分からない。祈るべき神を知らない。自分を求め続け、待ち続けている父だとは知らない。だから祈る前にあれこれ考えてしまう。「祈りとはこういうものだ」「このように神に近づいて、このように呼びかけなければならない」「祈る時はこういう姿勢、こういう態度でなければならない」と。
 それは人間が生み出した宗教に過ぎません。放蕩息子が考え出した悔い改めです。イエス様は、そんなものは「偽善」だと言われます。そんなものは要らない、くどくど述べるな。「あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ」。「だから、こう祈りなさい」と命じられるのです。
 原語の順序は「父よ」「私たちの」「天におられる」。主は「わたしたちの」父と言われました。この「わたしたち」は、私たち人間のことでもありますが、その前に、「イエスとこの私」の「私たち」です。イエス様の言葉をまねて、「天におられるわたしたちの父よ」と祈るとき、私たちはイエスに肩を抱かれるようにして、「私たちの父よ」と呼んでいるのです。「さあ父を呼ぼう。私たちはもう父のもとにいるのだから。お前は自分であれこれ考える前に父の子なのだ」と。「お前は子と呼ばれる資格がなかったけれども、それは私が取り戻した。私が父への道だ。お前はもう私の兄弟だ。見ろ、もう父がお前を迎え入れている」と。
 私たちはこの主の祈りの中に入れられて、生ける父と子を経験し味わいます。この甘美な経験は、この世にはありません。私たちが真実に神の子とされていることを味わわせてくださっているのは聖霊です。私たちに注がれた聖霊によって、私たちは「アッバ」「私たちの父よ」と祈るのです(ローマ8:14-16)。

説教一覧(2023年度)

 
2023.4.2
霊で祈り、理性で祈る
2023.4.9
あなた方に平安あれ
2023.4.16
全生涯続く喜び
2023.4.23
秩序と平和の神
2023.4.30
熱意とバランス
2023.5.7
神の恵みが現れた
2023.5.14
何を求めているのか
2023.5.21
最も惨めな者
2023.5.28
アッバ、父よ
2023.6.4
一人の一人による新しい命
2023.6.11
裁くことからの自由
2023.6.18
聖霊によって語り、聞く
2023.6.25
復活の希望による力
2023.7.2
最後のアダムは命の霊
2023.7.9
死よ、お前に勝利はない
2023.7.16
伝道の幻と戦い
2023.7.23
天地を結ぶ
2023.7.30
雄々しく、強くあれ
2023.8.6
マラナ・タ
2023.8.13
憐みに胸を痛める神
2023.8.20
イエス・キリストの系図
2023.8.27
イエス・キリストの誕生
2023.9.3
あの方の星に導かれて
2023.9.10
希望への退避
2023.9.17
天の記録
2023.9.24
神が近づいた
2023.10.1
壮大な業の開始
2023.10.8
神の前に一人で立つ
2023.10.15
悪魔に対抗する道
2023.10.22
メシアの伝道
2023.10.29
神の国は進む
2023.11.5
イエスに従う者たち
2023.11.12
神の義と愛
2023.11.19
神の愛に包まれた者
2023.11.26
主の奇蹟の時
2023.12.3
大いに喜べ
2023.12.10
ヒゼキヤの信仰
2023.12.17
地の塩、世の光
2023.12.24
飼い葉桶のメシア
2023.12.31
神の国に入る者
2024.1.7
なぜ腹を立てるのか
2024.1.14
永遠なる御父の宮
2024.1.21
祝福された関係
2024.1.28
主の真実を信じる
2024.2.4
太陽を昇らせ、雨を降らせ
2024.2.11
安心して行きなさい
2024.2.18
人の報いと神の報い
2024.2.25
あなたが祈るときには
2024.3.3
天の父よ
2024.3.10
いのち注ぐ恵み
2024.3.17
神の国を味わう
2024.3.24
十字架の神の御名
2024.3.31
そこで私に会うことになる