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裏切り者をも

説教要旨(10月14日 夕礼拝より)
ヨハネによる福音書 18:12-27
牧師 藤盛勇紀

 イエス様がついに逮捕されました。この直前、あの最後の晩餐の席でペトロは熱く宣言しました。「あなたのためなら命を捨てます」(13:37)。もし、ペトロが主イエスに従い通したら、彼は英雄になっていたでしょう。しかしイエス様は、このペトロが今夜の内に御自分を裏切ることを見抜いて、予告されました。「はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう」。
 ペトロの否認の言葉について、他の福音書では、「わたしはそんな人を知らない」という言葉で主を否定しています。しかしヨハネ福音書では、「違う」、「違う」と記しています。英語で言えば、"I am not."。「私ではない」「私ではない」と繰り返すのです。
 この直前、ゲツセマネの園でイエス様が逮捕された時、イエス様はご自分を捕らえにきた者たちに対して、「わたしである」と進み出られました。「わたしである」と三度繰り返されます。"I am he."、"I am."
 "I am."という言葉は、真の神ヤハウェご自身が、あのモーセにご自身を現された時に示された、神ご自身のお名前です(出エジプト3:14)。ふつう、"I am."の後に何かが付いて、その人が何者であるかを表すわけですが、神は神ご自身以外のもので表すことはできません。真の神は"I am." ご自身によってご自身であるお方です。
 「私である」と宣言されたイエス様は、自ら命をお捨てになりました。そして、「あなたのためなら命も捨てます」と言ったペトロは、「私ではない」と言って逃げた。主を否定したペトロは、結局自分自身を否定したのです。そこで顕わになったのは、惨めで恥ずかしい裏切り者だけでした。英雄の出来そこない、惨めな挫折者です。
 実は、聖書の中の人物は、そんな人間ばかりなのです。信仰の父祖アブラハムも、出エジプトの指導者モーセも、イスラエルの名君ダビデも、使徒パウロも、熱心な信仰者であり正義漢でもありましたが、取り返しのつかない恥ずかしい罪を犯した挫折者であり失格者でした。どんな英雄も正し人も、その裏に醜い暗闇があることを、聖書はありのままに記します。聖書には真の英雄はただの一人もいません。
 ところが、このどろどろした人間の醜い裏表、失敗と挫折のうねりのただ中に、それらを刺し貫いて引き上げ、支えるような、決して変わらない真実があるのです。それは、神の真実です。
 エゼキエル書にこうあります。「イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。わたしはだれの死をも喜ばない。お前たちは立ち帰って、生きよ」(18:31,32)。イスラエルは常に神に背き、過ちを犯し、「悪人」だと言われているのです。ところが、「わたしは悪人の死を喜ぶだろうか」と主は言われます。主に立ち帰るなら「必ず生きる」と。主なる神は、神に背く者、罪人に、「生きよ」と言われるのです。
 ペトロの勇ましい豪語も口先だけで終わりました。"I am not."と否認して主を失い、自分を失っているまさにその時、この罪人を愛してやまないお方が、この罪人の代わりに"I am."と言って、死への道に立ち続けてくださっているのです。
 ペトロはこの後、十字架の死の後に復活されたイエス様から、「わたしの羊を飼いなさい」というお言葉を、三度繰り返して受けます。十字架の死の先に復活の命があって、自分はこの命によって新しくされたことを、ペトロは知ることになります。そして、鶏が鳴くのを聞くたびに、自分は失われた者だったこと、しかしキリストによって取り戻され、主の命が与えられたことを思い起こしたに違いありません。
 人は誰でも、ふらふらと方向が定まらない風見鶏です。しかし、主の霊(風)を受けたなら、主の方を向いて、立ち帰って生きるのです。
 

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